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岡崎城は徳川家康が誕生した城です。

徳川家康の代表的な城なはずですが実際の家康の在城期間はそれほど長いわけではありません。

家康は幼名を松平竹千代と言い、産まれてからすぐに今川家に人質に出されるはずでしたが織田信秀がそれを誘拐したため尾張に連れ去られました。

今川家は報復に織田家を合戦で叩きのめし信秀の庶長子である信広を捕虜とし、人質交換で家康と交換しました。

その後は今川家の本拠地である駿府で過ごし元服しました。

家康が岡崎城の城主として城に帰ったのはなんと桶狭間の合戦の間際で、およそ20年近く岡崎城は城主不在だったのです。

その後はご存知の通り義元は不覚にも信長に破れ、家康はついに独立を果たすと信長と同盟を結び今川家の領地である遠江を横領して遠江の要衝である浜松に拠点を移し長い忍耐の後に天下を統一しました。

ですので岡崎城は家康にとっては足がかりにしか過ぎないような期間しか過ごしませんでした。

家康は浜松城で出世して晩年は幼少期を過ごした駿府で過ごしました。

家康は岡崎城には苦い思い出しかなかったのかも知れません。

むしろ良い思い出がなかったから簡単に捨てることが出来たのだと思います。

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tetsugorou • 2018年6月13日


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