tetugorous Photograph

念願の宇和島城へ行って来た

念願の宇和島城へ行ってきました。

ずっと行きたかったんですが中々行く機会がなく今回高知城を逃したので宇和島城には絶対に行こうと思っていました。

特急乗り放題ということで松山駅から特急宇和海に乗車しました。

松山駅、趣のある駅舎が良いですね。くれぐれも改築して高松駅みたいなハリボテにだけはしないでもらいたいものです。

今回の旅は本当にGM5が大活躍してくれました。

どの写真見ていても思うんですがレンズの解像力が高く小さく負担がない。

いちいちカメラバッグから大きなカメラを取り出さなくても十分な写真が写せるので本当に素晴らしいカメラだと思います。

特急待ちの間に1枚
宇和海から1枚
機関車がモニュメント的な感じで飾られていました。何の機関車かは分かりませんw

お陰で駅や車窓でも負担なく写真を撮ることが出来ました。

ちなみにモノクロの写真はGM5の写真となります。

宇和海で松山から1時間45分程度で宇和島に付くのですが移動中に海沿いを走らないのは前回大洲城に行った時に知っていたのですがやっぱり勿体無いなあと思いました。

宇和島の駅前の商店街

海沿いを走ってくれればもうちょっと撮りがいもあるんですけれどもどうやら山間部を短縮区間にして時間を稼いでいるのだと思うのですが、愛媛は海沿いがとても綺麗なのでなんとかして走らせてほしいものですね。

JR四国には頑張ってもらいたいものです。

宇和島の駅に着くととにかくじゃこ天の看板ばかりでした。それと人がむっちゃ少なかったです。

まあ平日のしかも木曜日に行ったということも影響してると思うんですが宇和島の商店街が素晴らしいほどのシャッター商店街だったのでおそらく宇和島が一番活気のない日に行ったんでしょうね・・・残念です。

桑折氏武家長屋門というらしい

ちなみに宇和島の名物は闘牛と牛鬼とじゃこ天だったんですね。

特に牛鬼とじゃこ天にはかなりの力の入れ様で牛鬼のもーにくんともーにちゃんというゆるキャラがいるそうです。

とても可愛いキャラでどこかで見たことがあると思っていたらイラストレーターのカナヘイさんがデザインしたそうです。

長屋門をくぐるとそこには長い階段があった

調べてみるとカナヘイさんは宇和島出身だそうで宇和島活性化のために一肌脱いだんですね。

ちなみに宇和島に人があまりにも少なかったんで人口を調べてみたら市内人口は7万人だそうで私の住んでる市が26万人なのでちょっと私の住んでる街って県庁所在地の鳥取市よりも人口が多かったんですねw

と言う驚きを味わってしまいました。

お陰で平日の昼間に人口7万人の都市なんですからまあ人がいないのもうなずけました。

もーにちゃん、たしかにどう見てもカナヘイさんのイラストですね。
もーにちゃんに会いたい人はこちらへ
小さな天守ですがシンプルな作りでそれが良いですね。宇和島城は現存天守です
カップルが談笑してました。宇和海が2人を引き立ててますね。

で宇和島城なんですが小さな天守なのですがとてもシンプルな作りでかっこよかったです。

本丸から宇和海も望めますし宇和島城は市民の憩いの場にもなっているようですね。

高校生カップルがイチャイチャしていました。

ところでこの宇和島城ですが築城の名手、藤堂高虎が縄張りをしたことでも有名でその為堅城としても名高い城です。

宇和島城の縄張りで有名なのが「空角の経始」(あきかくのなわ)と言われる独特の縄張りですね。

縄張りとはまあ言うなれば城の領域のことで普通の城はこれを正方形や長方形に領域を決めるのですが藤堂高虎はこの領域を五角形に定めたわけですね。

なんで五角形に定めたかというとこの五角形というのが曲者らしく、領域が五角形を書くことで外から攻め込むものには城が四角だと錯覚するのだそうです。

宇和島城の石段、堅牢そうです。

当然四角だと思って城を包囲すると一角が空きます。

そうするとそこから食料を運び込んだり外を撹乱したり、脱出用の出口にしたり出来るという事です。

素晴らしい考え方ですね。

じゃあ実際はどうかというと江戸幕府が各国の城を偵察していた密書の内容に「四方の間、合わせて十四町」と言う文言が残っているのです。

実際に使われていた井戸
木組みのミニチュアと伊達氏最後の当主の肖像画
上り立ち門からの石段

この事で実際に江戸幕府も宇和島城は四角に縄張りされた城と錯覚していたことがわかります。

藤堂高虎恐るべしですね。

もちろん縄張りだけじゃなく藤堂高虎が築城した城には堅牢な石垣ももれなくセットでついてきます。

石段を見ても分かると思いますがかなりの急な石段となっていてそこに張り巡らされた石垣は建物がなくても堅牢なことはわかります。

ある写真家さんが言ってましたが、ここが良いと思って撮影したらそこが戦場だったら矢衾になっていただろうと思う場所が多いと言っていました。

まさにその通りだと思いますね。

要するに見通しが良いんですよね。

当然見通しが良い場所に櫓を作るわけですからそこが戦場ならまあ矢が飛んできて死んでしまうわけですな。

みなさんもそう言う想像しながら城を撮ると楽しさが増しますよ。

ちなみに宇和島城は実際は今の城域よりもかなり広かったのですが今は城山しか残っていません。

生活圏が広がったので仕方ないですが海に接する海城だったので勿体無いような気持ちになりました。

上り立ち門

その後は天赦園という庭園で写真を撮って、伊達博物館に足を運びました。

伊達博物館は大阪の陣で功績を上げた伊達秀宗が宇和島に転封となったのでその後はずっと伊達氏が宇和島を支配していたのでその頃の文物が展示されていました。

とても良い博物館でした。

バリアフリーの体制もしっかりと出来ていたので足が悪い方も楽しめると思いますよ。

天赦園の邸宅
茶室を眺める鳩
時期は忘れましたが花が咲き誇る橋だそうです。

伊達博物館を出た頃は時間にして16時頃丁度良かったので松山に帰りました。

松山に到着すると丁度松山城の見通しが良い場所を見つけましたので思わず撮影、今回は松山城には行きませんでしたがまた行こうと思いました。

最後は松山城で
CASTLEFA☆28-70 F2.8GM5K1PanasonicPENTAXスターレンズ天守閣宇和島城宇和島市愛媛日本現存天守石垣空角の経始藤堂高虎

tetsugorou • 2017年6月21日


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